慈さんとちゃんとお目にかかったのは、もう20年くらい前、
灘印良品アンテナショップのアルバイトとして、だったと思う。
亡き父から『ウツミくんが、ウツミくんが』と名前はよく聞いていて、
父はめちゃくちゃ慈さんのことが好きだった。
このアルバイトも父の紹介だったような。
父は、小さなまちの金物屋の店主だったのにも関わらず、灘区役所で灘区まちづくり会議の議長を拝命していた。
会議は30分でええんやとよく言っていた。
その時のことを、慈さんがこの度上梓された本『レジスタンスのまちづくり』に書いてくださった。
読んで、泣いた。
慈さんが、うちの父のことをまちの師匠のうちのひとりだ、と言ってくださることが嬉しくてありがたい。
覚えていてくださる方がいることが嬉しくてたまらない。
父は他にも『都賀川を守ろう会』を立ち上げ、事務局長をしていた。
なのでよくテレビや新聞などから取材を受けていた。そしてよく記者を叱り飛ばしていた。
『こっちは仕事中で暇ちゃうんや!ちゃんと下調べしてから電話かけてこんかい!』
一から十まで全部話させようとすると、ちゃんと父は怒っていた。
資料は手に入るだろう。
読めばわかることは自分で調べて、聞きたいことだけを聞きなさい、と。
ああ、私もそっくりやんか。
ああー、そういうことか。血やったんか。
慈さん、ありがとうございます。
献本してくださった本は仏壇に供えてます。
典正、喜んでると思います!

慈憲一(うつみ・けんいち) 神戸市灘区を拠点に活動するまち遊びの仕掛け人。灘区グローカルサイト「ナダタマ」主宰、摩耶山再生の会・灘百選の会の各事務局長、六甲縦走キャノンボール運営など、阪神・淡路大震災以降30年にわたり灘の文化と地域活動を牽引してきた。

新著『レジスタンスのまちづくり』(2026年4月3日発売)は、「嫌いな言葉は”まちづくり”」と言い切る著者が、街を遊び倒してきた軌跡をまとめた一冊。

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