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11月 07, 2016
<初仕事> 最初の教室に在籍していた頃に作った女性だけのアマチュアグループに、時々同級生のYくんがハーモニカで参加してくれていた。 彼の繋がりで、三宮のライブバーに出演したことがある。   その時のメインバンドのボーカリスト、りょうまさんからある時連絡があった。 京都の着物屋さんで二胡を演奏してくれる人を探しているとのこと。 私はすぐにその当時習っていた日本人の先生に連絡。 そしたら「私が演奏してもいいけれど、木村さんやってみたら?」と。 え!?わたし!!   それが記念すべき初仕事。 More

11月 05, 2016
女性だけ、二胡だけのグループを抜け、ひとりになろうと決めた頃。   ちょうどその頃はmixiというSNSが流行っていて、そこのコミュニティで仲間を見つけた。 はじめてその仲間達と、神戸元町のスタジオで音を出してみた時のことは鮮明に覚えている。   それからは、オリジナルのポップスに合わせ、自己流で二胡を弾いた。 沖縄民謡にもその頃親しんだ。   ひとりでセンターに立つことは少なかったけれど、日本や上海で学びつつ、仕事をしつつ、家事もしつつ、週末になると仲間と一緒にカフェや小さなライブ会場でステージを重ね、経験を積んでいった。   はじめてCDを作った。 ( ↑その時のジャケット。写真は奄美大島で私が撮影してきたものを仲間が加工してくれた。題字はサイゼリアで私が書いた。)     インターネットやSNSを使い、発信をはじめた頃でもある。 仲間と音を重ねるのが本当に楽しかった。 More

11月 03, 2016
建築金物を小売りする神戸の下町の自営業の家で、三姉妹の長女として育った。   北から、阪急、JR、阪神と東西に3路線が走る神戸。 私の家は阪神電車よりも南。 わかる人にはわかる、この下町感。       音楽をやっていると「ご実家が裕福なんでしょうね」と言われることがある。 神戸のお嬢様なんでしょうね、と。     神戸というブランドなのか、弦楽器奏者に対するものなのか、音楽家に対するステレオタイプなイメージなのか、三歳くらいから英才教育を受けたのだろうとみなさん勝手に思ってくれる。   (3歳で二胡をはじめて、二胡暦15年だとしたら。さて問題。私は何歳でしょう。ふふふ。)     職業柄、そんな風に優雅に見えるということは良いことだと甘んじて受け入れてはいるが、実際は、100パーセント自分の意思とお金と時間を使ってなんとかやりくりしてやってきた。     そこはプライドを持って、胸を張って言える。       そういう意味の質問を受けた時は、内心あらあらと思いながら、そこは適当に流すことにしている。 More